今回紹介するビードライバーは、生まれて数カ月で、自分が乗る車が決まっていたといっても過言ではない女性が登場。彼女とアウディの始まりは1993年。テレビCMがきっかけです。
彼女とアウディとの最初の出会いは彼女が赤ちゃんのときのこと。これだけ聞くと「?」と首をかしげる方も多いだろう。
ーーーー何故、今、アウディなのだろう・・・
フォーシルバーリングスの向こうにアウディが。。
別の答えを待っています。
ちあきなおみさんの歌声に合わせて、ナレーションが流れて、アウディの象徴でもある4つの輪、フォーシルバーリングスがアップになるテレビCMが流れたのは1993年。彼女が生まれた翌年のこと。
「まだ1歳になるかならない頃、そのCMが流れると振り返ってみていたんだよ(笑)」
と成長した彼女は車好きの父から聞かされていた。
「父からエピソードを聞いたからなのか、漠然といつか、アウディに乗りたいなと思っていたんです」
初めての車は父に買ってもらった中古の日産マーチ。6年くらい乗ったときにそろそろ車を乗り換えて、初めて自分でマイカーを買おうと思ったときに、ずっと思い続けていたアウディが自然に浮かんだ。
「初めて自分で買う車だから、特別な記念になるような車がほしいと思ったんです」
そして彼女が手にした車がアウディA5スポーツバック。まさに運命の1台と言っても過言ではない。
車好きの父しかり、彼女の周囲には車を大事にする大人の男性が知り合いにいる環境でした。
「周りにはクラシックカーを所有していたり、外車を何台も所有している方がいて、みなさん、とても丁寧に車の手入れをして大切に乗っているんです。そういう姿を見ていると本当にうらやましく思いました。私もそうやって愛情を注ぐことができる車がほしいなと」
物心つく前からアウディへの憧れはあったものの、購入費用含め、維持することはできるのだろうかと悩んだときもあったそう。
「ちょうど悩んでいたときにA5をデザインした日本人デザイナーの方のインタビュー記事を読んだんです」
デザイナーの方の熱い思いも届き、A5にぐっと心が引き寄せられていく。さらにA5を写真で見たときに、美しいボディラインに魅せられて頭から離れられなくなってしまう。決定打は、実際に車を見に行き、運転席に座ったとき。
「自分の中で自分が運転しているイメージができました」
そして迎えた納車の日。最初はなかなか自分の車だという実感がわかず、言葉も出ないほどの感動なのか、戸惑いなのか、入り混じった気持ちだったそう。
彼女がしみじみと自分の車だ・・・と実感できたのは納車されて1週間経った頃。
「1週間で1000キロ走ったんです。仕事終わりに隣の県まで走りにいったり。高速道路のパーキングエリアに車を停めて自分の車に戻るときに、『ああ、本当に自分の車なんだなぁ』としみじみしたり。それを繰り返しているうちにだんだんとマイカーだという実感がわきました」
通勤はもちろん、仕事帰りにはときおりドライブし、休日は自分で洗車し車内を掃除して綺麗にする。それが彼女とアウディのルーティンになっている。車は常に綺麗にしているので、納車の日よりも美しく輝いているそう。
「出かけるときは車を綺麗にしてから走りに行きます。綺麗にしてから出かけたほうが車の調子も良い感じがするんです(笑)」
友人と出かけることもあるけど、アウディA5が相棒になってからはますますひとりドライブも好きになった。ひとりだとどこまでも気兼ねなく、そのときの気分で好きなところへ行ける。そんな車が持つ自由さも気に入っている。
近ごろは無意識に、アウディが似合う風景を探しているそう。素敵な風景と出会ったらアウディと写真に収める。
A5に首ったけの彼女に改めて車とは何かを伺った。
「A5は私のひとつの原動力です。車のために仕事も頑張ろうと思えるし、私自身もA5に似合う女性になりたいと頑張れます。車が愛おしくてたまらないんです」
「自分のことよりも愛車が褒められることのほうが嬉しい」という彼女。何とも車愛が強い言葉だと思いませんか?(笑)
赤ちゃんの時に興味を示したアウディのCMから始まり、自分で車を初めて購入できるタイミングとなったときに、アウディを選んだ。アウディに乗るべくして生まれてきたといってもいいほどです。
初めて自分で車を買うときに、運命の1台と出会えていた彼女は本当に幸せ。これからもアウディと彼女の人生を見続けて、応援したくなりました。